個人的感情は復讐を正当化するのか
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注意:
アニメ版ではまだ登場していない原作1巻5話から5巻までの要素が含まれます。
抵抗と復讐、そして自由
本作の主人公シタラはトゥース(現在のイランにあった都市)において女性の主(あるじ)の元で暮らす奴隷だったが、モンゴル軍がトゥースを陥落させたことでみな捕虜=有益な奴隷候補としてモンゴル軍の本拠へと送られた。その際、家族同然の関係になっていた主(あるじ)、女性奴隷たちはそれぞれに絶望する理由があって亡くなっていく。
この体験がシタラのレジスタンスの理由であり、生きる理由になるわけですが、トゥースでの暮らしは奴隷としてのものであり、主(あるじ)は彼女を娘同然に思っていて息子を支えてほしいと願っていたゆえの悲劇があった。
モンゴル帝国中枢に連れ去られたシタラは亡くなった人たちを思い怒り、そして復讐を誓う。
が、その復讐に理はあるのだろうか。感情だけじゃないだろうか。何気に本作は単純に主人公シタラのレジスタンスとリベンジを肯定はしていないのではないか。その事を論証する。
シタラの武器と2つの奴隷制
トゥースの暮らしは疑似家族としてのもので、それぞれそこに行き着いた経緯はある。もしも奴隷制がなく普通に幸せに暮らせていれば陥らない境遇、立場である。
シタラ達はその立場の居心地の良さゆえに主人への忠誠心と変わらない家族愛をいだいていてもはや儒教的な主従関係でもあった。それは自由意志と言えるのか。シタラは疑問を抱いていない。そんなシタラは主人ファティマやおそらく遊学先でモンゴル軍に襲われて亡くなっただろうと考えているファティマの一人息子ムハンマドや同僚であった女性奴隷たちの死の責任を帝国を滅す事で示そうと動き始めた。
シタラはイスラム世界での知である科学や論理的思考を絡めての政略を駆使して復讐を果たそうとする。彼女の知識は帝国のオゴタイ妃の一人が持っていたモンゴル族への復讐を望む人と組む事で政局を作り弱体化と崩壊を狙っている。
が、彼女の行いには作用と反作用は常に起きていて計算通りとはいかない。効果が強すぎて関係ない人たちを巻き添えにしてしまう。
5巻ではオイラト族女性に対する悪意ある政策の噂が流れて、その事から逃れるために速やかに婚約や結婚をしたオイラト族女性たちは噂を信じた行為が帝国への叛意とされて容姿が美しいと判断された女性たちが宮中の高官や兵士らに下賜されるという報復=思わぬ反作用が生じている。
シタラはこの事態を気にしてはいないように見える。むしろそのような苦しみを与えてしまったことこそ魔女としての帝国転覆の成功の証とすら捉えようとしている。
が、結果としてオイラト族の女性たちを地獄に突き落とした事実は残った。この処分が持つ効果は奴隷身分に落とされるのとさほど違いはないと思う。この点でモンゴル族の支配者たち(チンギス・ハンの息子たち)と何も差がなくなってしまっている。
聡明な皇帝と様々な思惑の妃たち
本作のチンギス・ハンの子供たちの描き方はおそらく現実より聡明なのでは?と思わせるものがある。帝国2代目皇帝となったオゴタイは本作では理想的な帝国を作る事で奴隷たちも幸せとなれば自分の勝ちだというような理想的な施政者としての描写もされている。
本作のオゴタイの治世は知性とも言い換えられる。彼は帝国を富ませることを志向し歴史上類を見ない広大な領域を治める帝国が一瞬とはいえ現出した。
オゴタイのおかげでイスラム商人がモンゴル帝国皇帝の宮廷までやってくる。
「以前より安全になったよ」と商人に言われて衝撃を受けるファティマ(シタラ)。このようにオゴタイの善政や知恵はかなり強調されている(そのためか原作では飲酒癖描写はない。アニメ版では第3話のトルイの凱旋のところでオゴタイは飲み過ぎを兄の一人に諌められていたが、原作に影響を与えないところで触れておくならば、あそこしかなかったであろう)。
彼を皇帝に押し上げたチンギス・ハンの末子トルイは父の死に際して最大の軍勢を相続、摂政としてチンギス・ハンの遺言通りオゴタイの即位を支持し、そのあとは最大の軍勢保有者として南宋との間にあった金へ侵攻して滅亡させた。
イランへの侵攻に際しては后のソルコクタニ・ベキが望んだ写本を手に入れる際にシタラの運命を変える惨劇が起きたが(モンゴル族が人の生命を軽く扱い功利主義的で役に立たない老人や敵の将兵捕虜を虐殺で処分してもなんとも思わない事も併せて描かれている)、それであってもトルイは単なる封建的圧制者としては描かれてはいない。
最初に後宮にシタラを迎えたのはトルイの后ソルコクタニ・ペキだった。シタラにすればソルコクタニこそが憎悪すべき敵(の少なくとも一人)である。そんなソルコクタニは本を夫に入手してもらった理由について語る。彼女もまた聡い人で先を行く国や民族の成果を取り入れたくて本を求めた。総じて本作におけるチンギスハンの息子たちとその后は知の価値を知っている。
またソルコクタニが本を所望しなくてもトゥースやニーシャブールの蹂躙は変わらなかったのではないか。本作ではニーシャプールはチンギス・ハンの女婿を戦死させ、その報復で根絶やしにされたとされている(歴史的には言われるような戦死かこの戦役による失態からの失脚だったか判別がついていないらしい)。
ソルコクタニが望んだことがファティマの死に繋がっていたのは事実(学者の家の蔵書探しは必要だったはずなので)。そしてその一方でトルイは后の望みの本以外には無関心で彼自身はそれを燃やしたり略奪したりはしておらず目的から外れるようなことはしない。本作における合理性は人も殺すが無駄な殺戮をして回るような異常さは持っていない。優しい帝国主義とでも言えばいいのだろうか。
入り組んだ合成ベクトルの針路は?
オゴタイの治世に影を落としたのは彼を皇帝の座につく事を後押しした弟トルイの急死だった。そして後宮では水面下の争い、戦いは勃発しておりオゴタイの第一后となったボラクチンに対してファティマは主人をトルイ妃のソルコクタニからオゴタイ第6后ドレゲネに「乗り換え」ており、帝国を揺るがすための陰謀に手を染めた事で対立が始まる。ボラクチンは帝国の存続を願い、ドレゲネは叛意を持っている。そしてソルコクタニはもともとファティマ(シタラ)を宮中に招き入れた立場であるがいつの間にか裏切られていて、しかもシタラにすれば守りたかった人を守れなかった恨みの元凶に見えている。
5巻では決定的な事態へ繋がる導火線に火はついていて妃らの旗幟は鮮明になった。
ムハンマドのモデルの人の年齢を念頭にこれから起きるであろう出来事を考えるとこの物語、思った以上にハイペースだと思わずにいられない。神視点で見つめられる我々読者・視聴者には既にカウントダウンが存在している。それに対してシタラたちがどう抗うのか、どう目的を果たそうとするのか。
シタラは目的のためなら手段を選ばない一歩手前、Point of No Returnまで来ている。彼女を止められる人物はいないわけではないが、どんな形でやり取りを生じさせるのか。それともそんなやり取りがなく終わるのか全く読めない。
そんなシタラが火をつけたドレゲネは彼女の思考を上回る野望に突き進んでいる。
そして后の中では帝国の守護者ともいえるボラクチンはいつの間にか劣勢にあるように見えるが彼女の思考は全貌を見抜いていてどんな手を打つは読めない。
トルイ后のソルコクタニ・ベキ。トルイの子供たちの母としての戦いはむしろこれから。
こんな錚々たる后らの暗闘に加えて広がり切った帝国内外でも紛争は増えていき主戦力というべきモンゴル兵の数に限りある帝国は膨らみきった風船のような状態にある。
パチン
これから起きる事を一言で予想するならこれしかないと思う。そしてシタラは最後に何を思うのか。どこまで作者は描こうとするのか。
補足:「後宮」について
この論考では「後宮」という言葉を皇帝ら表向きの政治に対して后側を指す言葉として用いている。ただモンゴル帝国のシステムだと後方の政務を担うのがそんな后らなので違うのも確かで適当な表現を思いつかなかった。
朝「えみり既読おそーい」(『違国日記』6巻より)
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