車から産まれたネコ
ネコとの暮らしは唐突にはじまった。
エンジンルームに入った仔猫を家族が助けた話は聞いていたが、別に預かり先があったようなのでその時はただの出来事とおもっていた。
ところがある晩家族が「今日は夜間保育だ!」と段ボール箱を高く掲げながら帰ってきた。
どうやら当初保護していたお宅の11歳になる先住猫が、とつぜんあらわれた仔猫にショックを受けてしまったらしい。ずっと一匹でかわいがられていたネコちゃんが傷つくのも無理はない。仔猫は2ヶ月いくかいかないかぐらいなので、譲渡会に参加する基準に達していないらしい。それまで誰かが面倒を見なければならないのだ。
私たちは一家揃ってとても動物が好きだ。祖父母も犬猫からはじまって小鳥や果てはキジ(キジ!?)などを飼っていたし、私たちも同じようにいろんなペットと暮らしていた。特に私は爬虫類まで飼うような動物好きに育ち、給料が安くてキツいといわれるペットショップのアルバイトもした。
でも今は私が自分の部屋で小鳥を飼っているだけだ。大家族がそれぞれ独立し、仕事や色々な事情が重なり気軽にペットを飼える状況ではなくなったからだ。
そんな中でも私は犬が飼いたいと思い続け、自治体の保護犬飼養候補者になるべく研修も受けた。しかし、時を同じくして体調を崩し、健康不安から動物の飼育をあきらめようとしていた。ほんとうに「インコがいなくなったらもうペットは飼わない」と宣言しているぐらいだった。
段ボールの中から顔をのぞかせてまぶしそうにしている仔猫を抱き上げる。全身のすわっていない、ぐんにゃりとした仔猫。確かに重みがあって、しめっていて、なまあたたかい。抱きしめた瞬間に、動物の飼い主としての正しい、慎重な判断はどこかに消えてしまった。ああこの子をずっと抱っこしていたいなぁ。
仔猫は夜中じゅう、こんな小さなからだのどこから?と思うような大声でずっと鳴いていた。不安だったり、場所に慣れない仔猫はこうして大きな声で鳴くことがあるようだが、それにしてもたいへんな大声だ。犬の遠吠えまではいかないが、繁殖期に争っている成猫の声ぐらいには聞こえた。部屋で一緒に過ごしていた家族は2時間しか眠れなかったと言う。
まだ4時間おきぐらいに給餌の必要な仔猫だから、家族は数日ほとんど寝ずに面倒を見た。そして朝は職場に連れて行くのだが、仔猫だから聞き分けのない時もある。仕事と育児疲れに音を上げた家族はついに家に仔猫を置いて行く決心をする。
「まあまあ大変ねご苦労様」と言いながらこれで仔猫と一日中遊べるぞ、とにやにやする私。
驚いたのはこの仔猫の順応性の高さだ。トイレはうちにきて一日で覚えた。…と自慢げに語ると先輩飼い主にネコはそんなもんだよ。と言われて親バカぶりに赤面したが…。それ以外にも、人と目線を合わせることを嫌がらない。むしろ仔猫のほうからじっと見つめてくる。カメラを向ければシャッター音に反応して興味を持つので簡単に目線がもらえる。まるでずっと家で暮らしていた猫がそうするように、ドアが閉まっているとこっちを見てひと鳴きし、あけてくれとせがんでくる。実におりこうさんだったのだ。
私はだいたいの動物が好きで、でもやっぱり一番好きなのは犬だ。熱い好意をまっすぐに伝えてくれて、誠実だ。外のどこそこで会う犬はみんな友好的だ。そしてなんといっても誇らしげ。「いまぼくはすてきなご主人様と歩いているのです。いいでしょう!ぼくをなでたいですか?いいですね、ぜひ!」
猫がそうでないとはいわないけれど、彼らはきまぐれ。なにより気に入らないのは道端で会う彼らの態度である。まるでこっちが何かすると決めてかかっているように、肩を小さくして目を伏せて忍び足で横切って行くではないか。
もっとも、私は知人友人らの家猫とも触れ合ったことがあるので、猫だって人に慣れれば野良たちのように怯えたりしないし、とても可愛いと分かっているのだが。それでもやっぱり比較すれば犬のほうが好ましいとどうしても思ってしまうのだ。自分の性格も犬の飼育者向きだ。向けられる好意に体当たりでぶつかっていくほう。
それが分かっているから仔猫とのつきあいは慎重になった。わたくしは、この家の長女でありまして…なにとぞ…あ、おそばにいてもよろしいでしょうか…。それくらいの感覚でおそるおそる接していた。
周りというかネット上の飼い主たちが「ぬこ様」などと呼び、自らを下僕のように卑下するノリは正直苦手だった。でも今はわかる。猫様は猫様。わたしたちは後に従う従者なのである。
そんな私の心配りを知ってか知らずか、猫はどんどん私たちの家庭に馴染んで行った。美しく写真を撮られ、それは猫好きの友人やその知り合いまでを虜にした。これはまんざら親バカでもないと思うが、姿も美しいのだ。痩せてはいるが、後ろ足が長い。耳は大きく、顔はきゅっと三角形。中心に大きな瞳がついている。尻尾だけがなんだか中途半端な長さで、先が曲がっていて尻に太筆がくっついているようだが、完璧すぎては親みに欠ける。これぐらいがご愛嬌だ。
狩りが好きだ。なにがブラブラしているものがあれば、スラッとした脚で音も立てずにジャンプし、素早く前足を繰り出す。目の前で動くものにはもちろん、動かないものにまですぐ興奮して飛びかかる。それが動かなくなるまで(といっても仔猫が叩き回すので永遠に動いているのだが)しつこく襲いかかる。音を立てず家のあちこちを飛び回る姿がまるで妖精のようだ、と言ったら母に「まあロマンチックなこと」と笑われたが。美しいだけでなく、野生味もそなえている。これがまた私の「好きなタイプの猫」にどんぴしゃだったのだ。
そういう運動神経もいい猫なので、いたずらのひどさも日に日にましていった。先住のペットのために高いところにあげていたパキラの細い幹をよじのぼり、電話台の下の小さな棚に潜り込む。キッチンカウンターに上がる、食卓はいわずもがな。人の手もまるで獲物かのようにじゃれて甘噛みし放そうとしない。きっと仔猫の目にはすべてがとっておきの獲るべき宝物に見えるのだろう。仔猫の世界を通して、私たちもまたとっておきの輝く世界を見つめられるのだ。家の中が明るくなった。
家族はまず立派なトイレ、次にキャリーと猫への貢物を増やしていった。里親候補はまだ現れない。たぶん永遠に。心ある人なら、救出した本人が面倒を見ていると聞けば横から「その子が欲しいです」とは言えないだろうから。
政治・社会運動・ジェンダーなど思想の話はごめんなさい。 趣味:鉱物収集・アクセサリーづくりや編み物など。 好きな場所:海・カフェ・美術館・図書館・大浴場とサウナ 大の犬好きですが、わけあって仔猫とご縁があり一緒に暮らしています。
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